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哲学と科学

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Taigen ogura philosophy laboとは 

○新たな地球世紀の到来 〜新時代のブループリント〜

1. 新たな地球世紀の到来

Theory of Thinkingで記載しましたように、私は、新たな時代の幕開けに向け、「真理を導出し、この真理を元に社会構造を再構築する」、そのための様々なる材料を当ホームページで記載してゆきます。

ところで、新時代とは一体どんな時代でしょうか?

新時代とは、単なる連綿と続く次の時代でなく、それは「新しい地球世紀」であります。科学、宗教、哲学、そして、ビジネス経済、あらゆるものは神の元、統合し、宇宙時代として幕が開けるのです。全ては神の元統合し、新たなる地球世紀として幕が開けるのです。

それは、日本が明治維新を成し遂げ、近代国家の仲間入りを果たしたような、フランス革命により自由と平等が成し遂げられ今日の民主主義国家の源流となったという、そういうレベルとは、また次元が異なるのです。もっと大きな変革なのです。

歴史の中で、それぞれのそういった転換点はありますが、今後起こる変革とは、地球規模の変革であり、地球の遥かなる歴史においても重要なピリオドに位置している、そのような大変革であるということです。これまでの地球とこれからの地球の世紀が変わる、まさに新たな地球世紀として幕が開けることでしょう。

なぜそれが分かるかと言うと、現在の国際社会の極端な方向性、そして、そのような社会を変革する学問の進展度合い、つまり、哲学、科学、政治経済、宗教、その他様々な分野、それらの状況を鑑みると、それぞれが、統合に向かい新たなる次元に移行しようとしていることが肌で感じられるからです。一言で言えば、地球次元の価値変革です。価値が変革されることによって、地球が新たな地球世紀を迎えるということです。

私のこのホームページでは、価値変革に関して、3つの視点から記載しています。それは哲学、および科学、そして政治経済の観点です。すなわち、以下のポイントです。

    これまで          ⇒    これから   
哲学: 相対主義、真理などない        絶対主義、知と信仰の融合、神と真理
科学: 唯物的                神の世界、霊的世界観

経済: 奪い合い、競争            与えあい/分かち合い、個性

これだけを見ても、これまでの価値観とこれからの価値観が大転換を起こしていることがわかることでしょう。私は、この価値の変革に対して少しでも貢献するために、『理念の哲学』や『心の物理学』を書いているわけです。

哲学と科学はお互いが協力し合いながら、その目的を達成することでしょう。なぜなら向かうべき方向は一緒であり、最後、神の元一点に交わるからです。

哲学は相対主義を乗り越える方向から、科学は唯物論を乗り越える方向から、山登りのルートは異なりますが、しかし目的地である頂上は一つ。神の元です。お互いが助け合いながら頂上である神を目指していく、そのように両者は関係してくるのです。

そして、哲学が相対主義を乗り越え真理に到達し、科学が唯物論を乗り越えて神の世界に到達することで、今まで地球上で信じられてきた価値観が大転換する。それを理解することはたやすいでしょう。

ですから、科学が今のままの唯物的なものであっていいわけがありません。科学は今後非常に重要な役割を担っていきます。科学が唯物的なレベルを超えることができるかどうか、そこが新たな地球世紀への変革への非常に大きなハードルでもあるわけです。

それゆえに、私のホームページにも一見すると無関係に思える科学という分野が存在しているわけです。


2. 唯物論を超えて

科学が乗り越えなければならない壁、それがこの唯物論であります。

科学的な傾向が強くなると、これまでの歴史が証明しているように、実証主義的な傾向が強くなり、あらゆるものは科学によって証明可能であるという傾向が出てきます。そして、神や心といったものが追いやられ、唯物主義的になっていくのです。

哲学的には経験論の代表が実証主義であり、彼らが限界を超えることができないでいるわけです。一方で実証主義は科学に通じます。そして、科学が唯物論を乗り越えると、それは一体どういう結果になるのか?

それは、科学から哲学に逆輸入が起こるのです。科学が唯物論を乗り越えることで、結果として、哲学的な実証主義が唯物論を乗り越え、カントの言う物自体の世界に到達し、哲学において真理が導出される、そこにつながるのです。そして、経験論が限界を突き抜けて信仰の世界に入ることにつながるのです。このような形で科学と哲学はかかわっているのです。


3. 科学変革 ~宗教と科学の統合~

さて、科学による唯物論に警鐘を鳴らす現代の新鋭哲学者は、マルクスガブリエルでしょう。彼は、世界全体を包含する全世界というものは存在しないため、科学は全体を規定するものにはなりえないとして科学による全体主義を否定しました。ガブリエルは唯物主義に思想が流れるのを防ぐためにそのように世界は存在しないと主張したのでしょう。

確かに、唯物主義は間違っていますが、科学が全体を規定しないというガブリエルの主張はこれもまた間違っている。私はそう思います。

科学がさらに発展すると、心と科学、宗教と科学は実は同じものの異なる表現形態だ、ということが分かってきます。つまり、宗教は文章によって神を語るが、科学は数式によって神を語る、表現形態は異なるが実は根本的には同じである、それが分かるようになります。(論文『心の物理学』、『神と科学』頁参照)

ですからガブリエルがやりたいことはわかりますが、その過程で使用している世界認識は間違いであると私は言いたいと思います。科学が唯物論を超えて、神の世界に到達することで、(現代の科学ではなく)そのような認識に到達した科学が世界全体を規定していることが分かるようになるのです。

つまり、科学は本来唯物的ではないのです。本来の科学は神の世界に到達するのです。人類が唯物論を乗り越える必要があるのと同時に、科学自体が唯物的なレベルの壁を突き破る必要があるのです。


私はそれを時空理論を交え、具体的に考察していきたいと思います。(論文『心の物理学』、『神と科学』頁参照


4. 新時代へのブループリント(青写真)

今までの内容を総合すると、私がやりたいことは以下の通りです。

科学変革を行い、科学と宗教の統合を見る。そして、その統合を哲学に還元し、哲学を再構築する。そして、哲学的な真理を導出し、両者の整合を見る。それによって、真理を確信し、それを現実世界に照らしていく。

そして、この現実世界を照らし出す、その具体例が、これが政治経済の章の社会変革です。これと同様に、それぞれの分野の専門家の方々が真理をベースに新たなる時代の社会の変革構造を提示することでしょう。

「奪い合い」から「与えあい」へと価値観は偏向し、それぞれが競争で疲弊するのではなく個性をより表現するようになるでしょう(『競争から個性へ~Diversity Economics』)。そして、経済も変革し、与えあいの個性で彩られた「ユートピア」が実現することでしょう。

全体として新たな地球の時代、「新たな地球世紀」、それを創造していくこと。

これが今の時代の社会変革であり、社会変革の青写真と言ってもいいであろうと思います。明治維新の時よりも、数段スケールが大きく、単なる政治変革ではなく地球単位のトータルな変革であるということです。









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