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私の原点

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私自身の原点 

○平凡を積み重ねる

そもそもこのようなホームページを作った背景には私自身のこれまでの体験もありました。『心の変革からの働き方改革』の論文にも詳しく記載しているのですが、ここで経緯をたどってみたいと思います。

私自身は、昔から、非常に野心が強く、一方で細かいこと、日常的なことを小ばかにする傾向がありました。

そして、手っ取り早く成功したい。そう思っていたわけです。私にとっての成功とは、対象は何でも良かったのですが、とにかくお金持ちになって有名になること。それが成功だと思っていたわけです。

会社はコンサルティング会社であったわけで、新入社員の当時からひとつの業務を任されて、業務フローを書いたり、総合テストの計画を作ったりと結構すごいことをやっていたと思うのですが、実際には非常に地味な作業の連続であり、それは私の成功のイメージからは程遠いものでありました。その当時常に思っていたことは「こんな仕事早く辞めたい。早く成功したい!」そう思っていたわけです。

本当は、このような仕事というものが、自分の目指したものに直結し、実は成功の種を既に手に入れていたわけですが、それを悟るのに自分には10年という歳月を必要としました。

そして、当時ギターをやっていたものですから、「ギターでプロになって会社なんて辞めてやる」と思い、一生懸命練習して、ライブもこなしていったわけです。サラリーマンが非常につまらないくだらない仕事に思えて一方で芸能的なことは華やかでそうなりたいと思っていたわけです。今から思えば、非常に稚拙ですが、何年後にプロになって会社を辞めるという綿密な計画も立てていたわけです。

また、他にも、当時からものを書くことは好きでしたので、何冊か書き貯めていったわけですね。そして、会社で経験して思ったこと、こうあったほうがいいと感じたことを書いて、出版社に送ったわけです。そうしたら、「出版が決定しました」と封筒が送られてきたわけです。そのとき私は本当に飛び上がらんばかりに喜んで、「これでこのくらだらない仕事から抜け出して成功できる!」そう思ったものです。しかし、その内容は、ほぼ自費出版で150万円の出版資金を要するものでした。当時の私は「出版にはこの程度の費用はかかるのだろう」くらいにしか思っていなかったので、2つ返事で承諾したものです。

しかし、広報もされない、その出版社のHPでしかちらっとしか広告が載っていない本を誰が買うのでしょうか?アマゾンでも購入はできますが、そのような誰も知らない本が売れるわけがありません。

しかし、私はその現実からは目をそらし、その以降も違う出版社で2冊自費出版を行っているのです。そして、借金が数百万を超えた時点でようやく「これではダメだ・・」と思うようになっていったのです。

一方で、そのように自費出版をしながらも、仕事のほうは、なんとか続けていました。しかし、勤怠は悪く午前中会社に来ないなんていうことはしょっちゅうで、髪の毛は茶色を通り越して、オレンジであったりピンクであったり社会人とも思えない「いでたち」でありました。こんな私でもグローバルプロジェクトをいつくか経験したのですが、本当に嫌で嫌で仕方がなかったわけです。そして、プロジェクトからはリリースされ、上司に何度も何度も退職したい、ということを相談していました。

その度止めていただけたのは幸運でしたが、しかし、そのようなことを続けているうちに、とうとう「もうプロジェクトがつかないよ」と事実上解雇に誓い宣言を受けるに至ったわけです。

ギターも自分にはプロにはなれないという自覚を持つようになり、また、出版も失敗した。仕事もうまくいかず、失意のどん底であったわけです。

その後もなんとか働きはしたものの、もはや、やる気など全くなく、完全に会社人生はあきらめていましたし、そもそも会社人生と言う言葉も全く考えてもいなかったのですが、どんどん仕事の態度も悪くなっていったわけです。

そんな中でとうとう鉄槌が下るわけです。当時、うちの会社に転職してきたものすごく厳しい上司が私の上に付くことになったのです。その上司によって私は徹底的に監視され、契約書の文言一つ一つチェックされ、厳しく管理されることになったのです。正直泣きそうな毎日であり、辞めたいと思うことすら飛んでしまうくらいに、必死で仕事をこなす日々が続いたわけです。

そうこうするうちに、徐々に私自身も、仕事を人並みにこなすことができるようになり、クライアントを持たせていただけるようになり、その上司からも信頼を得ることができるようになっていったわけです。徹底的に更正されていったわけです。そして、責任を持って仕事に当たることができるようになり、そんな自分を誇りに思うようになって行きました。

そうして、私は私自身のそれまでの大きな間違いに気づくことができたのです。つまり、本の出版のような、まるで宝くじを買うような、一発逆転を狙う行為は間違っている、そうではなく、日々平凡を積み重ね、しっかりと足場を整えていくこと。ひとつひとつの実績を積み重ねていくこと。それがしっかりとした実績を形作り、その人をより豊かな人間へと成長させてくれるということ。それを学んだわけです。

つまり、一発逆転を狙うな、ひとつひとつを積み重ねよ。そして、それが成功への一番の近道である。それを学んだわけです。これが、私の非常に大きな教訓となり、それ以降の人生の指針ともなったわけです。



○変転する中(諸行無常)で変わらないもの(諸法無我)を見つける


しかし、私には次なる試練が待っていたのです。つまり、出世の問題です。上記のように大きく遅れをとった私は、出世と言うものに関して完全に敗れ去ったわけです。そして、多くの人と同じように、私自身、どんどん出世してく同期のみんな、後輩たちに対し、大変嫉妬心というものを感じました。

同じミーティングに出ると、おれはこれだけのことができるぞと実績を誇示する自分がおり、また、そのような自分が嫌になり徐々に一緒のミーティングに出なくなる、違う場所に行くようになる、そういう自分を発見するに至ったわけです。

こういうのは、多くの出世で敗れ去った人々が経験することだろうと思います。出世組と一緒の場所いられなくなるのです。リストラされずとも、劣等感や嫉妬心から自ら会社を去っていくのです。

私もそのような多くの人々と同じように、劣等感を感じてきたわけですが、しかし、今の時代会社を退職してもいい転職先があるわけでもなく、また、仕事をしないでは生きてはいけません。そこで、ネガティブにも、会社にしがみついて働いていくしかなくなったわけです。

さて、そうやって仕事を続けていきましたが、腐らずに仕事をやり続けたことは私の良い点だったのでしょう。そのように仕事を続けていきながら、徐々に、最近の業務の論点や自分の会社のサービスをじっくりと確認し、クライアントに提案するようになって行きました。嫌々ながらも、仕事のためそのようなことを続けていったのです。営業員が外で在庫を確認するためのモバイルの提案であったり、予算業務の効率化であったり、IFRSの導入支援であったり、そのような提案、サービスを行うようになっていったのです。すると、徐々にそのような仕事をおもしろいと思うようになっていったのです。

その辺から徐々に好転していったわけです。つまり、そうなってくると、徐々に仕事と言うものが楽しくなり、最近の動向を新聞、雑誌、本など様々な媒体からピックアップするようになり知識を蓄えていったわけです。そしてクライアントにそれらの知識と合わせてサービスを提供するようになっていったのです。実は、こういう新聞や雑誌のチェックは、仕事のためと言うよりも、元々、社会的な関心から興味を持ってやっていたのですが、そのように興味を持ってやっていたものと、仕事と言うものがいつしか結びついて良い方向に循環するようになって言ったのです。

そして、クライアントへの提案がいつしか受け入れられていくようになり、仕事の依頼が来るようになり、徐々に会社の業務全体を変革する構想策定までにできるようになっていったわけです。まさにコンサルタントと言う仕事をやるようになっていったわけです。自分の好きなことと仕事というものが交わり、良い方向に向かうことができるようになったのです。

そのようになっていき、自分自身が本来やりたかった社会的な変革への貢献ということを実際に徐々にやれるようになり、非常に仕事が楽しくなっていったわけです。まさに自分がやりたかったことであり大好きな仕事をやれるようになったということです。

そこに至り自分自身に第二の変化が現れました。つまり、周りを気にすることがなくなったということです。今までは、劣等感から他人との比較を気にしてばかりいる自分がいましたが、しかし、そのような比較の壁を突き破り、自分自身の大好きなこと、個性に近いことにめぐり合うことによって、周りが気にならなくなったのです。

つまり、これは、相対的な比較の世界を突き抜けて、絶対的な個性に世界に入ったことを意味するわけです。

それまでの私自身は、比較の競争の中で勝ち負けによって幸不幸が左右するのだろうと必死になっていたわけですが、しかし真実はそうではないことに気づきました。競争や比較では幸せになれません。そうではなく、たったひとつの自分の個性にたどり着くこと、大好きなことをやること、ワクワクすることをやること、それによって、幸せになれるということに気づいたわけです。そして、相対観の世界から絶対観の世界にたどり着くことで人は幸せになれることを悟ったのです。

おそらく、この私の体験は、世の中の出世競争で敗れた人々への処方箋にもなると思います。また、そこから、競争の世界を突き抜けて、個性の世界へと絶対観へと、社会が向かっていく、その道筋と言うのもできあがっていくのではないでしょうか。


○仕事の経験と哲学の一致。そこからの自分の哲学思想の発展

私自身は仕事において、上記のような経験をするのと同時に哲学と言うものにも大変関心があったわけです。大学のころは教養課程の哲学の論文提出で「将来的に哲学的考え方の方法論を作りたい」という類のことを記載していました。考えること自体は本当に小さい5歳くらいのころからなのですが、非常に小さいときから、私の探求というものは始まっていたのです。

この5歳のときの私の疑問は「自分は意識をもって周りを見ているが、周りの人も自分と同様に意識していると感じているのだろうか??自分のように主体的に意識していると感じられるのは、主体は一つかまたは無限しかありえないのではないか?」といったことでした。ここから意識及び時間と空間というものに対する私自身の内なる研究というものも始まっていくわけです。

そして、年を重ねていき、大学、社会人へとなっていったわけですが、一方、哲学の歴史を学ぶにつれて、現代哲学の相対主義に傾く考えはやはり間違っているのでは無いかという思いが沸々と湧き上がっていったわけです。そのような中で、上記、自分自身の経験をしていき、また、お釈迦様の言葉、カント哲学の意味、そういったものを考えていくとやはり私自身の考えは正しいのではないかと思うに至ったわけです。

また、一方で自分自身の仕事であるコンサルティングにおいて、現実的な変革の仕組みを構築することはできるが、クライアントの意識が変革しない限り変革は本当の意味では成功しない事実。このコンサルティングの限界。このことがカント哲学にも整合する不思議さ。

同時に、コンサルティング手法も経験論を主体(ファクトベーストコンサルティング)としているけれども、しかし、演繹的な手法無しには成り立たない事実。

かつ、哲学を根本的に考えると、突き詰めていくと経験論では限界が生じるように見える事実。どうしても証明できない部分が残り、それは信じることによってしか説明できないように思える事実。

そうやって、仕事の一点を元にしながら、自分の考えをまとめていったわけです。自分自身の仕事の経験からも相まって相対主義から絶対主義への転換を確信し、哲学と合わせて整合点を認識し、それはどういう理由でそうなっているのかを追及し、哲学とビジネスを統一的に解釈。それによって哲学的考えは経験論だけでは限界があり、知の土台に信仰心があるように思える事実を発見。そして、その向こうに真理、そして、神の存在を確信するに至ったわけです。

一方で、時間と空間に関する関心は前述したように、幼いころからあったわけですが、時間と空間そのものを検討するのと同時に、宗教と哲学との関係性ですね。私の中で、非常に確固たる思いとして、科学と宗教、哲学は必ず同じ結論に結びつくはずだ、という非常に強い思いがあったわけです。それはもう信念であり、当たり前のことであり、同じ結論に到達しなければ、私の考え(私の時空理論)が間違っているという強い確信があったわけです。

そのような指針を元に、時間と空間、四次元時空に関して考察しているうちに、徐々にそれらが解明していき、天台智の一念三千論や仏教の八正道、あの世との整合性も確認し、そのことによって、私の考え(時空理論)は正しいと認識することができたわけです。

そして、三次元と四次元の連続性を確認し、両者を統合する物理法則の存在を確認。同時にカント哲学の関係など哲学との関係性もうまく整合することができたわけです。そして、上記以外にも多くの宗教との整合点を発見し、そのことによって、真理の客観性というものを獲得することができたわけです。

そのようにひとつひとつ考えをまとめていき、このホームページに記載している内容に整理していったのです。



さて、長々とありのままに記載しましたが、これが私自身の考えの原点であり、これまでの経緯であったということです。このような経緯によって自分の考えをまとめていき、このホームページを構築したということです。






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