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現代哲学と相対主義

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哲学と宗教 

○現代哲学の問題点と新時代の哲学の必要性

1.現代哲学の流れと相対主義

現代哲学の特徴は、真理など存在しないという考えと、相対主義であると言っていいと思います。では、なぜそのような考えが出てきたのか、これは、19世紀、20世紀という歴史の流れが大きく関係しています。

この時代は、マルクスが『資本論』(1867年)を出版した時代ですね。資本家と労働者の格差を生み出す資本主義経済の持つ矛盾を指摘した時代であり、一方で帝国主義によって戦争が世界を支配した時代であり、人々は不安の中生きていかざるをえず、ヨーロッパには退廃的なムードが生まれていきました。

そのような時代にあって、まずこのような世界に生きる我々がどう生きてい行けばよいのか?それに焦点を当てた実存主義哲学が生まれます。ショーペンハウアーがその先駆であったと言っていいでしょう。このような知の流れは、ギリシャのヘレニズムの時代に似ています。

実存主義の代表であるキルケゴールは、ヘーゲルの言うような大層な世界観ではなく、もっとこの荒廃した世界を生きる術を、もっと現実に生きる私たちに焦点を当てた哲学が必要ではないかと問題意識を提示しました。そして、自身の実存主義哲学を提示し人々の心をつかんでいったと思います。

また、そのような退廃の中で、ニーチェはニヒリズムとそれに付随する「超人」の考えを提示します。更にキリスト教や西洋哲学の価値観を相対化し、絶対性などというものは無く、力への意志に基づく人々のパースペクティブ(遠近法主義)による相対的な見方しか存在しないのだと言ったと思います。

そして実存主義はサルトルに受け継がれ、サルトルはアンガージュマンによる政治参加などによって第二次世界大戦後の荒廃した時代を生きる人々に希望の光を投げかけていったと思います。しかし、一方で「実存は本質に先立つ」という無神論的実存主義は、相対主義の考えを強めることにも一役買ったのです。

その後、実存主義は事実上サルトルで衰退し、1960年代に哲学の流れは構造主義に移っていきます。実存主義は能動的主体的に自我を獲得するという哲学になりますが、構造主義は、そのようなサルトル的な主張を批判し、人間は様々な環境に支配され自我は受動的に形成されていくのだ、と主張します。構造主義は、文化相対主義など、相対化しやすい考えであると言えるでしょう。

それからポスト構造主義に移行していきます。冷戦による西側も東側も互いが真理であると主張することによって多くの血が流れたことの危険性に対し、ジャックデリダは脱構築を行い、真理など存在しないと主張したと思います。

更には、ドゥルーズのノマドの考え、また最近ではLGBTもそうですが、人それぞれを尊重するという観点からより相対主義的な傾向が強くなっていると思います。人それぞれを尊重することが大切であり、自分だけが正しいと主張することは、絶対的真理を主張することは、争いを生むきっかけになる。であるから、唯一絶対正しいという考えは現代は、拒絶される。それが近年の傾向であろうと思います。

しかし、本当にそうだろうか?本当に世界は相対的なのか?

人それぞれを尊重することはとても大切です。人それぞれの個性を尊重することはとても大切です。しかし、それは「愛の元」という条件が付きます。その土台が大切であり、そして、個性の尊重は実は相対性ではなく絶対性です。それぞれが絶対的存在として価値があるのです。一人一人の個性は相対的ではありません。絶対に唯一の存在として価値があるのです。これは絶対性です。これを間違ってはいけません。

これが分からないから、相対主義は相対化した場合にナチスをそれも一つの価値観として排除できないのです。ここに「愛の元」における「絶対性」という限定がつけば、ナチスは容易に排除できるのです。なぜなら、ナチスは断じて愛ではないからです。

さて、一方で1920年代の哲学の流れとしてもう一つ大きい流れがあります。英米分析哲学ですね。これは、相対主義というよりも真理や形而上学の排斥、この要素が強いです。どちらかというと、真理や形而上学を排斥し科学に特権を与える、つまり科学を絶対化していく、そのような流れです。

その源流は1920年代の論理実証主義ですね。検証可能性に着目する科学哲学です。検証不可能な形而上学や真理といったものを排斥し、結果、真理など存在しない、そういった考えを推し進める要因になったと言っていいと思います。

もう少しさかのぼると、フレーゲやラッセル、そして、ウィトゲンシュタインですね。これらの哲学者は数学的な論理学を駆使して、特に言語に対する客観的な分析を推し進めました。

近代哲学においては、認識論が哲学の主役でしたが、認識とは多分に主観的であり客観的な分析が困難です。一方で、言語は人間から発せられたものでありますが、文章化することで客観的な分析が可能です。

論理学や数学、科学というものは客観性を重んじるわけで、そのような客観性を重んじる歴史の流れと、言語の客観的分析可能性が結合して、哲学の主役が近代の認識論から、現代哲学の言語論へと移行していくわけです(言語論的転回)。

そうしてウィトゲンシュタインは、客観的分析が可能な領域と客観的分析が不可能な領域の線引きをして「語れぬものに対しては沈黙せねばならない」としたわけです。ウィトゲンシュタインのやったことは言語論理学からという領域の違いはあるにせよ、認識の境界線を引いたという点ではカントに通じるものがあると思います。

そして、先述の論理実証主義はウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』をバイブルとして客観的分析を推し進めていくわけです。そうして、形而上学は客観的分析ができないものとして、無用の長物として排斥されることとなるのです。

さて、論理実証主義では一旦このように形而上学を排除するのですが、その延長上にある現代の心の哲学では、心すらも科学によって分析が可能であり、心と脳は同一であるという物理主義を唱える学者も多いです。

心はどちらかというと形而上学の分類に入るものでしょう。つまり、一旦形而上学を排斥したかと思ったら、今度は形而上学を侵食しようとしている。要は神の領域に踏み入ろうとしているのが現代の一部の科学の状況であると言えると思います。

このような状況に対して、これは危険だとして、例えば、リチャードローティは反基礎付け主義を唱え、クーンやファイヤーアーベントは新科学哲学を構築し、科学を相対化しようと試みるわけです。

『世界はなぜ存在しないのか?』のマルクスガブリエルも、科学主義に対する警鐘を鳴らしており、自らを特権化する科学の絶対性の解体(相対主義化)を行っています。

さて、大きく2つの流れを確認しましたが、こういった流れですね。こういった歴史の流れによって、真理など存在しないという考えと、相対主義、その2つが現代のメジャーな考えとなっているわけです。

ギリシャ哲学の時代も、「万物の尺度は人間である」と主張したプロタゴラスという相対主義者がいましたが、そのような素朴な相対主義的考えではなく、徹底的に考え抜いた末、「やはり、相対主義なのではないか、そして真理など存在しないのではないか」、そう考えているのが現代の哲学であるということです。

しかし、残念ながら、真理無き世界にしても相対主義にしても、それらの考えは間違いです。ギリシャ哲学の時代に相対主義の間違いを提示したように、現代も同様に、相対主義の過ちを指摘し、新たなる哲学を、そして、新たなる知を、新時代の知を提示しなければならないわけです。


2.真理は存在するか?


まず、知の確固たる土台を築くために、真理というものに関して考えてみたいと思います。

ギリシャの時代から、古来より、真理とは何か?ということは、多くの哲学者によって議論されてきました。近代哲学のカントの出現、また、ヘーゲルによって絶対知という最終的に人間が到達する知、が提示され、進歩の歴史観が提示されました。それによって、真理が示されたかと思いきや、すぐにニーチェによって神の死が宣言され、それを受け継いだ現代哲学は、相対主義、真理など存在しないという考えに傾いている。それが、現代の知の在り方でしょう。

しかし、真理が存在しないとすれば、なぜ自然科学の領域の発達によって人間の生活はこれほどまでに便利になり、大いなる成功を収めているのでしょうか?

真理とは、絶対的なものであり、必ずそうなるものであり、つまり、原因と結果が一義に定められているものでしょう。つまり、法則です。

何も真理が存在しないのであれば、自然科学における「法則」などというものは存在せず、世界は偶然が支配するだけになるでしょう。しかし、少なくとも自然科学の領域において法則が存在しているように見える。これを相対主義者はいかに説明するのか?

そして、私は、自然科学以外にも、我々人間にも、社会にも、全てを貫いて存在している法則性が存在するように思えます。そして、それが真理である、とそのように思います。

私は、『理念の哲学』の著書において、哲学史を概略し、それぞれの哲学の簡単な批評を行い、そのうえで真理の導出を行いたいと思います。特に現代哲学の淵源(えんげん)であるニーチェには手痛い批評を加えさせていただきます。

そして、私は世界とは、また社会の構造は、本来、この真理を元に記述すべきであると思います。真理を元にそれをブレークダウンすることによって世界は記述されると思います。この辺はデカルトやヘーゲルと全く同じ考えです。その辺のことも、『理念の哲学』の中で、理念哲学的方法論、として、一つの方法論として記述したいと思います。











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