未曽有の危機の時代にどう生きるか?③実存主義

鎌倉時代も現代と同様に危機の時代であったと言う話をしましたが、我々の時代の少し前である第一次世界大戦時、第二次世界大戦の当時もそのような時代でした。

大戦前後において、近代まで支えてきた進歩史観という価値観に疑問が提示され、人々は生きる拠り所の価値観を失っていきました。自分たちはどのように生きていけばよいのか?その拠り所を失い、人間の存在価値に関する根本的な不安に直面することとなったのです。

そういった中で、実存主義という個人の尊厳や人間の価値というものに焦点を当てた哲学が登場し、人々に救いの手を差し伸べていったわけです。キルケゴールやサルトルといった実存主義の哲学者です。

キルケゴールは、人間は生き方の三段階を通して成長していく者であると主張しました。審美的実存という欲望を満たして幸せになろうという段階から、第二段階の倫理的実存に移行し、自らを律して生きていく段階に至る。しかし、そこにおいても苦悩は無くならず、最終的には宗教的実存の段階に進むと主張します。こういった三段階を経て神と一体となっていくごとに人は幸せになるというのですね。

一方でサルトルは、人は自由であり、何かをしなければならないという、自由の刑に処せられていると主張します。そして、その自由の刑に対して、何か対象を志向する(アンガージュマン)ことによって、生きがいを感じていくと話しています。サルトルが政治色が強いので、アンガージュマンが政治参加と誤解されがちですが、何でも良いのです。芸術が好きであれば音楽でも絵画でも良い。そういった何らかのことを行っていく中に生きがいを感じていくということですね。

この大戦前後の時代背景も、また現代の状況に似ていると言ってよいでしょう。このような中で人々に救いの手を差し伸べる教えと言うものが必要になると思います。