主観と客観の一致の問題がなぜ解決しないのか?②認識に関するコペルニクス的転回

私は、この主観と客観の一致の問題を解決するには認識に関するコペルニクス的転回が必要であると思います。

かつてカントは、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」として認識に関するコペルニクス的転回を提唱しました。つまり、物事や対象と言うものをどう見るかは認識に依存しているということです。例えば、リンゴを見るにしても人間からは赤い丸い果物として見えるでしょうが、これを犬や猫が見たら、また違ったものに見えるでしょう。認識によって見方が変わるということです。

このようにかつてカントは認識に関するコペルニクス的転回を行ったわけですが、私は今、新たにまた新しい意味での認識に関するコペルニクス的転回を提示したいと思います。

それは、人間の認識と言うものは「知」、のみによって行われているわけではないと言うことです。人間の認識は知と信仰心の両者によって行われているということです。

そして、人類は主観と客観の一致を「知」によって解決しようとしてきたわけですが、それが間違いであって、主観と客観の一致は「信仰」によって解決がなされる。それを私は提唱したいと思います。

なぜ今まで人類は主観と客観の一致の問題を解決することができなかったか?それは人類が主観と客観の一致の問題を「知」によって解決しようとしてきたためであり、実際には、主観と客観の一致は「信仰」によって解決される。これを私は提唱したいと思います。

これが私の言う認識に関するコペルニクス的転回です。

これを具体的に次に考えていきましょう。