現代のデカルト的な疑問:知の基礎付け③
デカルトの疑問と回答について考えてみました。 ここで、現代に立ち戻ってみましょう。 現代の知の状況を顧みてみると、相対主義と実証主義、これが知のあり方であろうと思います。 では、この相対主義と実証主義は正しいのでしょうか […]
現代のデカルト的な疑問:知の基礎付け②
デカルトは理性を哲学の第一原理として学を構築することを考えました。 そして、この理性を元にして学を構築することを考えるのであれば、まずこの理性が信頼できるものであることを証明することが必要でしょう。デカルトもその必要性は […]
現代のデカルト的な疑問:知の基礎付け①
デカルトの活躍した近世という時代は、科学が発展していった時代であり、学の根拠をそれまでの中世のキリスト教的価値観に求めることが難しくなった時代です。 キリスト教的価値観が疑わしくなった時代に、デカルトは、何らかの確固たる […]
主観と客観の一致とは?⑤
「主観と客観の一致とは、私たちが認識していることと、私たちの内部にあるアプリオリな認識、この2つが一致しているかどうかを、「私たち自身が」判定することなのです。」、と言いました。 主観と客観と言うと、自分自身の主観と外部 […]
主観と客観の一致とは?④
真理がもし存在しているのであれば、私たちはその真理認識をアプリオリに持っている、という話をしました。 つまり、真理は、私たちの外ではなく、私たちの中に存在しているのです。 ここにおいて、カントの言うようにコペルニクス的転 […]
主観と客観の一致とは?③
主観と客観の一致について特に重要なのは、真理に対する主観と客観の一致ということになります。人間は真理を認識することが可能なのか?真理認識に対する主観と客観の一致は可能なのか? まず、これがそれであるという認識が可能なため […]
主観と客観の一致とは?②
デカルトは、神が私たちを欺くはずはないから人間の認識は完璧であり、主観と客観は一致するはずであると言いました。これは、ちょっと論理が飛躍しすぎでしょう。 カントは人間の認識構造はアプリオリ(先天的)に構築されており、人類 […]
地球への感謝の祈り 高尾山
本日高尾山にて地球への感謝の祈りを友人と実施してきています。 花が咲き始め、小鳥の鳴き声が響き渡り、春の息吹を感じます。 自然は、人間がゴミを捨てようが、木を切り倒そうがそのようなことには関係なく、春になれば必ず花を咲か […]
主観と客観の一致とは?
主観と客観の一致とは、人間の認識は対象の姿を正確にとらえることができるのか?という問いです。 これは、デカルト、カント、ヘーゲル、ニーチェ、フッサールという哲学史の流れにおいて、現在のところ、不可能というのが一般的な認識 […]
『この世とあの世をつらぬく幸せ』上梓しました。
幸せとは何でしょうか? 幸せには様々な形があると思います。 家族が健康であれば幸せでしょうし、裕福ではなくともささやかな生活が送れれば幸せでしょう。また、仕事が有れば幸せであると思います。 しかし、人生には不本意な状況も […]